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国立大学(高等教育)の経済効果をみる多様な視点 [教育政策と人的資源]

2019年6月より2年間の契約で、一般社団法人・国立大学協会からの受託研究「国立大学の経済効果に関する調査研究」の研究代表者を拝命している。

アメリカの州立大学を主な比較対象として日本の国立大学の経済効果を分析することを主たる目的としている。今年は1年目として、日本の国立大学やアメリカの州立大学を訪問し、副学長・事務局幹部、そして研究者にヒアリング調査を実施している。

公教育支出のGDP比、科学技術イノベーション、博士育成・若手研究者の雇用、無償化、奨学金、リカレント教育。日本の高等教育を取り巻くこれらの諸課題はどれも、日本経済の政策運営や資源配分に直結するものばかりであり、また中長期的スパンを前提にして成果が蓄積され、経済社会に体現され、利益または便益を広くもたらすものである。

一方、グローバル化、少子高齢化、デフレ、財政危機といった構造的な問題を抱える中で、高等教育の財源とく国立大学運営費交付金は先細りし、個々の国立大学は毎年財源確保に戦々恐々としている。40歳未満の理系の若手研究者は「研究費ゼロ」という事例も稀ではない。化石燃料に乏しい国でも「人材」という無限の資源に国が総力を挙げて投資し、豊かで強靭、かつ柔軟な経済社会を目指そうとするいわば「日本らしい」戦後の政策運営は、もはや遠い昔である。「日本らしい」ハングリー精神は国立大学から消失してしまうのではないかという不安も感じる。

テコの原理のように、少ない投資で大きな利益を瞬時に生み出すのであれば「優」とし、ならば積極的に予算を削減することが財政上「美徳」であるかのような政策基質が横行している。戦後国立大学の果たしてきた研究・教育・社会貢献の実績を中長期的な視野から評価する姿勢は失われ、きわめて単眼的になっている。まさに「木を見て森を観ず」の感を否めない。

元来、高等教育は多様な顔をもつ。そしてロングテールの性格をもつ。この基本認識こそが重要であり、冒頭で列挙した高等教育を取り巻く諸課題を考える上での出発点である。教育面では、教育機会の拡大、人的資本の増強、所得と労働生産性の上昇、国や地方自治体の税収増大、大学関連サービス消費・生産等を生み出すことは経済学によって実証されている。研究面では科学技術・イノベーションの創出、特許の出願申請、ベンチャー企業・事業のスタートアップ、既存企業との産学連携や新しい応用研究、大学から企業等への技術移転、研究関連の地域経済へのインパクトがある。社会貢献も多岐にわたって実績がある。大学を中心とする「大学街」の雰囲気、まちづくりの生み出す社会的便益は単眼では蓄積できず、まして市場で売買しえない土着型の公共財である。

ニューヨーク大学のMicheal Hout教授は高等教育の経済インパクト実証研究の権威である。Hout(2012), ”Social and Economic Returns to College Education in the United States”は、高等教育の経済効果のポイントとして、所得の上昇や失業率の低下はもちろん、高等教育が家族構成(Children living with two adults)や幸福度および健康維持(Hapiness and Helath)に与えるインパクトを時系列や取得学位別に分析するものである。そして両者に強い相関性があることを明らかにしている。Hout教授の研究は高等教育が個人や社会にもたらす影響が多様であり、ロングテールであると論じている。

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ニューヨーク大学Micheal Hout教授の研究室。


カリフォルニア州はリーマンショック後、深刻な財政危機を経験したが、オバマ政権の連邦政府によるスペンディング政策の効果もあり、州レベルでの財政危機は予想以上のペースで回復をみせ、今日にいたっている。カリフォルニア大学は州の財政危機を受けて財源不足に陥り、授業料の引き上げを断行した(せざるを得なかった)。しかし、それだけでは終わっていない。最も尽力したことの一つは、大学理事会や研究者が中心となって自ら大学の経済効果をロングテールの観点で分析し、そのエビデンスをロビイストを通じて州議会に主張し続けたことである。連邦議会に対してもワシントンに本部を置く全米大学協会Association of American Universities)がロビー活動を強力に行い、大学の生命線である研究費の確保に奔走した。


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カリフォルニア大学バークレー校。全米TOPの研究大学でありながら地元の地域経済への貢献プログラムも豊富。


政府の運営費交付金(経常費補助金)に大きく依存している点では、カリフォルニア大学も我が国の国立大学も同様である。問題なのは、財政難に陥った時の、高等教育それ自体を捉える見識のあり方、終わりなきハングリー精神を体現する財政と政策基質である。この点に日米の差異を感じる。

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